自分の身を置く環境によって、人生って全然変わるなぁ…と思っている。
私は、3歳から音大卒業まで、バイオリンを主に暮らして、そこから、音楽の仕事には進まず、介護老人保健施設に就職した。
「学校での評価」とか「学歴」なんて、何も意味が無かったな、と思うくらい、今までの自分の基盤が崩れた。
歳下の先輩方から指導される立場だし、国家資格が無ければ、給与は最低基準。
ただ、一緒に働く方々は物凄く良い方々だったので救われたし、沢山のことを教えて頂いたし、仕事は楽しかった😃
歳下の国家資格持ちの先輩が、国家資格を持っていない私に、自分が学校で学んだプリント等を沢山くれたり、後から入社した歳下の国家資格持ちの後輩も、国家資格試験対策の資料をくれた。2人とも、私が頼んだからではなく、勝手に、進んで、くれた。
音楽をやっていた時は、学生同士、仲良くしていても、特に同じ専攻の人だと、自分の技術に関して、自らおしみなく教える、ということは無かった。だから、とても有難く、感激した。今でも感謝している。
illust AC がらくったさんの作品🙇
通信制大学で教員免許取得を目指した時は、勉強出来る時間を確保するために介護施設を退職して、音楽教室でバイオリン講師をした。ここでは「学歴」が役立った。
昨日まで、介護施設で、アレコレ言われる立場だったのに、音楽教室に移った途端、指導されることも、怒られることも、無くなった。初めて教室の職員さんから「先生」と呼ばれた瞬間のことは、今もハッッッキリと覚えている。昨日まで、『“先生”と呼ぶのは施設長(医師)一人にだけ』と上司に言われた環境に居た私にとっては、本当に物凄く衝撃的なことだったから…。
出産して、数年は家に居たが、その後、児童福祉系事業所で児童指導員のパートを始めた。
教員免許を取得出来た後だったので、「教員免許を持っている」という募集要件を満たす形で採用してもらったが、ここでは歳下の保育士さん達に指導された。
いい年して、歳下から怒られたり、注意されたけれど、それは新しい仕事を覚える過程では当然のことと思っている。この職場も、物凄く良い方々ばかりいたので、働かせて頂けたことに感謝しかないし、とても貴重な経験をさせて頂いた。
自分の子どもを保育園に預けた時に、保育士さん達にただただ感謝の念しかなかったのは、仕事で保育士さん達と関わって、その大変さや、専門性を目の当たりにしたからだ。
給与のほうは、保育士(=国家資格)よりも教員免許(=認定資格)のほうが時給が安かった。やはり、福祉系は国家資格が強い。
同じ「教員免許」でも、学校で非常勤をするほうが、福祉系で児童指導員をしていた時より、時給が高い。
身を置く環境によって、同じ「私」なのに全然扱いが変わる。
実際に経験するまで、私は、ちゃんと社会の現実を分かっていなかった。
働く場所を選ぶ基準は人それぞれだけれど、でも、自分が行動すれば、知らないことが知れるので、何事も一人で決めつけ過ぎず、視野を広く持ちたいと思う。。。
年とともに、「新しいことへの挑戦」のハードルが上がっていくけれど、結局それも本当は自分次第…ですよね?😅